建築士を目指す女子学生さんのためのオンライン質問会をおこないます(参加無料)

4月に入り新しい環境となった方も多いことでしょう。わが家のふたりの息子たちも大学院生から社会人へ、そして、下は大学生になりました。ふたりともデジタル情報系なので、すべてリモート作業だそう。授業は300人一斉にZoomでおこなわれ、留学生なども含むグループの課題はSkypeやWeChat でディスカッションするそうです。

さて、これを読んでいるあなたも、自分の行きたい方向への第一歩を歩まれたのでしょうか?それとも、今、夢に向かって受験勉強されていますか?

特に建築学科は建築という目に見えるモノを創るための知識を学ぶところですので、具体的にイメージされて入った方が多いことでしょう。

しかし、ここに来てこの緊急事態宣言。学校の友達などにも会えずに一人で悩んでいる学生さんも多いのではないでしょうか?悩みは人と話すと解決したり、糸口が見つかったりしますよね。

そこで、建築を生業としていこうと学ばれている女子学生さんを対象にオンライン上で質問会をしてみようと思います。なぜなら、私自身が、学生時代からずっとローモデルを探していたからです。

私がローモデルにはならなくても、実際に仕事や共働きでどのようなことが起こりえるのかなどにお答えします。知らないを知っている、にしたり、いろいろな生き方を知る、ことはとても良い機会かな、とも思っています。また、facebook上でのオンラインコミュニティを作ります。ぜひ、いろいろとご活用くださいね。

あなたのご参加を心からお待ちしておりますよ^^

第1回メンバー オンライン質問会
日時:2020年5月16日(土曜)14:00~15:30
*参加対象:高校生、浪人生、専門学校生、大学生、大学院生 
*建築学科に限りません。 
*定員8名 先着順受付

参加は無料です。

まずは、下記のエントリーシートにご記入の上、お申し込みください。

お名前、メールアドレス、電話番号、学校名学科名を記入し、3つの質問に必ずお答えください。

折返し、メールにてfacebook上のクローズのコミュニティアドレスをお送りしますのでご参加ください。

コミュニティ内で当日の質問など事前に受付します。また、質問会はZoomにておこなう予定です。その他、必要連絡事項はすべてコミュニティ内に掲示します。

当日までにオンライン環境を整え、ご参加ください。

エントリーシート

オンラインセッションを始めます!

2019年夏。多くの人で賑わう横浜みなとみらい。今年の夏、このように戻るのか。

家にいなくてはいけない今こそ、ライフスタイルを見つめてみる。

緊急事態宣言が出され、電車や街の人影はまばらとなりました。何となく他人と距離感を取ることが当たり前となってしまい、殺伐とした空気が漂いはじめています。

今まであたりまえであったことがあたりまえでなくなろうとしています。昨今の経済の傾向はより多くの人々を集めてお金を集めるというループがありましたが、この新型コロナウィルスの影響を受け、「規模を縮小して続ける」という方向にシフトしていっているように見受けられます。これから社会は大きく変わっていくでしょう。

だから「いったい、この先どうなるのだろうか?」と不安でいっぱいになります。強制的に習慣が変わることは動物にとってストレスとなります。だからこそ、今、柔軟な頭とカラダにしておくことが大切に思うのです。

不安を具体的に見える化する

不安とは、漠然とした恐怖のことをいいます。だから解決方法は「何に対して恐ているのか?」を自分自信に問いかけすれば良いのですが、「怖い」とういう感情が勝ってしまい、「見て見ぬふり」をしてしまうのが常です。

また、恐怖の対象やその大きさ、また持っている感情の種類やトラウマなどは複雑に絡み合っています。その絡まった糸をほぐす一番の解決方法はノートを開いて頭に浮かんだことをかたっぱしから書いていくこと。

しかし、これも案外、みなさんにとってハードルが高いみたいなのです。まず、白紙の紙を見ると、頭が真っ白になる方が意外に多い(笑)また、ノートは綺麗に書かなくてはならない、とか、こんなことを思い浮かべている私がイヤ!と先にジャッジしてしまい、手が動かなくなるようです。

さて、実はこれ、絵(デッサン)が描けない、と思っている人が多いことと同じなんです。デッサンは見えているそのままを描くことをいいますが、そこにあるリンゴを描いているのに、おおよその方は、自分の頭の中にあるリンゴの像を描いてしまうのです

見ている視点を変える心のデッサン

まずはあるがままに見る練習をしていくことが大切です。その具体的な方法が自分のライフスタイルを振り返ること。実際の今の自分の生活スタイルを見つめ、同時に心の中も視点を変えて見ていきます。これが心のデッサンです。

ライフスタイルセラピーでは、生活スタイルに関するいくつかの質問をしますので、それに答えていただきながら、心のデッサンを仕上げていきます。現在の状態や過去の出来事から始まり、徐々に、自分が本当に望んでいること、豊かに感じることにフォーカスしていきます。

生活を見つめ、心を整えることをおこなっていくと、自分の暮らす生活スタイルもはっきりとわかってくることを実感されるでしょう。素敵な暮らしをされている方はその軸がはっきりしているからステキに見えるのです。

描く絵は一人ひとりが違うように、やはり、あなたの心のデッサンはこの世でたった一枚のものなのです。誰かのライフスタイルを目指すのではなく、ぜひ、ライフスタイルセラピーを活用して自分にしか作ることができないライフスタイルを見つけてくださいね。軸ができると無駄な出費もなくなります。

オンラインライフスタイルセラピーお申し込みはこちらから

豊かな人生はまずは自分を生ききることから始まる

あなたの人生で豊かさとは、何でしょう?

ご自身の人生を振り返ってみてください。豊かさとは、何でしょう?
お金がたくさんあること?
子供たちとの時間?
仕事?
おそらく時間と共に変化していらっしゃるのではないかと思います。
子供の頃の豊かさと今のあなたの豊かさって違うのでは?

人生には3つのステージがありそれぞれに転換点がある

例えば、ヨガスートラの教えの中でこんな考え方があります。(スートラ:哲学)

1.第1ステージ 
学びの時期です。
心身を鍛え、学ぶ時。
ティーンエイジャー、学生の時ですね。

2.第2ステージ 
独立して家庭を築く時期。
 ダルマ=人生の役目 を果たす時期。
 仕事に付き、家庭を持ち、子育てをする時。

3.第3ステージ 
 モノとの関係を切っていくためのスピリチャルな練習をする時期。
 引退して自分の人生をまとめる時。

人生の転換点 トランディッション

生き方が全く変わる変化点であるトランジッションと呼ばれる時期があります。まるで闇に包まれたような、しーんとした静かな状態が訪れるといいます。

かくいう私もさまざまなトランディッションを経験してきました。福岡県から単身で上京して大学生になった時。学部を卒業して組織設計事務所に入社した時。結婚して子育てし始めた時。大病をして退職し、アトリエ系設計事務所を設立した時。

また、状況は変わらなくとも、数年前から、思いがけない苦しい出来事が連続して起こり、心身共にかなり疲弊しました。それまでに付き合いのあった人との別れ。しかし、順に新しいご縁にもたくさん出会えるようになりました。まるで美しい織物のようにひとつひとつ紡いでいくようでした。

今から振り返ると、総替えするように見事に変わりました。今はまるで別世界に来たようで、穏やかで静か。そして豊かです。しかし、その渦中は真っ暗でしんとした深い井戸の中にいるように苦しいものでした。

結果にとらわれない

そんな苦境の中、ヨガティーチャートレーニングにて個人指導を受けました。呼吸に意識を向けているワークで気づいたのです。

これからの私の半生の目標は、全てにおいて「結果にとらわれないで生きること」 ではないかと。

ビジネスの世界は結果が全てです。心を込めているかいないか、頑張っているかいないかは評価には全く関係ありません。

さらに、常に他人軸です。当たり前ですが、ニーズがあって初めてなんらかの付加価値となり報酬が得られるのです。だから評価するのは他人。これも当たり前ですね。

ところが、この他人軸。きちんと使いこなせていないとかなりヤバイです。他人軸に慣れてしまうと、いつのまにか自分を見失います。心で感じていることと全く違うように行動したり、発言したりを無意識でやってしまうようになってしまいます。そして、それを自分だと思い込み始めます。

自分軸は他人軸で汚染されている

私自身、思考が他人軸に汚染されているのに気がついたのは、油絵を描き始めてから。
それまでは、バリバリの仕事人間でした。猛烈に多忙にしていた時は「建築家・多田祐子」を演じていました。「この件に関して、建築家・多田祐子だったらどう考えるだろうか?どう発言して、どう行動するか?」と思考していましたから。もう、病気です(笑)

建築家だから当然、絵は描けるでしょう、と思われている方が多いのですが、実は、そうでもないのです。建築と絵画の製作のアプローチは全く違います。

建築の設計は、クライアントが必ずいます。もう、ここですでに他人軸ですね。また、予算や建築関連法規や、敷地条件、さらにクライアントの要望など膨大な条件と制約の中からモノを生み出していかなくてはなりません。最近では、予算と条件が複雑すぎて、建築家が創作できる箇所がかなり減ってきているように感じます。

反対に、絵は全て自分軸です。自分が描きたいコンセプトも自由。画材も自由。水彩なのか油絵なのかクレヨンなのか、キャンバスなのかベニヤ板に描くのか。また、大きさもスケッチブックほどの大きさかあるいは100号の大作か、はたまた壁に描くのか、など全て自分で決められます。ただし、これもパトロンに合わせて描くとなると、他人軸になってしまうのですが。

自分が良いと思うように描けば良い。私も絵を描き始めの頃、自由だ自由だ、と嬉しくて仕方なかったのです。しかし、これが、案外すぐに、壁にぶち当たりました。描いている途中で、どうしても他人軸の自分が出てきてしまう。うまく描こう、とか、他人がどう見るか、構図はあっているか、はたまた、建築家としてこのセンス、このデッサンだと恥ずかしくないか?な〜んてことまで、頭をよぎるのです。単なる絵描きなのに(笑)そんなことが浮かぶと、一瞬で筆の動きが止まってしまう。あるいはお利口なつまらない絵の方向に向かい、主題と外れていきます。なぜか。そう、どこかで結果にとらわれているからです。もう、癖になっているのですね。思考回路が。

感動の衝撃が自分軸を呼び起こす


そんな時、ふと訪れた箱根仙石原にあるポーラ美術館でゴッホの「ヴィゲラ運河にかかるグレーズ橋」に出会います。それが、私の大きな転換点でした。もう、絵の前から動けなくなるくらい頭をガーンと叩かれました。泣き叫びそうになりました。私はいったい、今まで何をしていたのだろう、何を見てきたのだろう、と。私の中の奥にある何かがガラリと音を立てて変わりました。モノの見え方がその日の前後で全く違うのです。風景が、絵画が、人々が、音も光も全く違うように感じられます。あまりの変わりように、もしかしたら、また元に戻るのではないか、とか(笑)もう半ばパニックです。そうそう、その日一度会場を出たのですが、どうしても気になってもう一度再入場してゴッホの絵に会いに行ったくらいですから。

’つらぬき通す’ゴッホ

さて、結果にとらわれないで自分軸を貫き通したのが、このフィンセント・ファン・ゴッホだと思います。パリで画商をしていた弟テオに援助を受けながら、自分の思想と作風を突き詰めた画家。ゴッホの生きた19世紀末のヨーロッパは、それまでのブルボン家、ハプスブルグ家などの勢力を振るっていた貴族文化が崩壊して、産業革命が起こります。そのために生まれた新興ブルジョアジー達がこぞって室内に絵画を飾った時代。だから、ルノワールやモネなどの柔らかく美しい絵画が売れた時です。それでも、ゴッホは自らの作風を流行に迎合せずに貫き通した生き方をしています。だからこそ、今、ゴッホの作品は想像を絶する金額で取引されているのではないかと思うのです。

それは、結果を求めて描いていない‥ということです。

豊かさは自分をつらぬく強さから生まれる

ゴッホの絵から受けた衝撃はこうでした。豊かさの本質は、結果から生まれるのではなく、個性を大切にし、それを貫く強さや勇気。プラス描き続ける根気の中にあるのではないかと。自分を他人に無理に合わせることなく、今感じたことを大事に、伝える相手が少なくても、黙々と表現し続けること。実は、そのエネルギーと時間が化学反応を起こし、豊かさとなって人の心を動かすのではないかと。

結果というものはほんのつかの間のこと、一時的なものです。結果は、今に存在するものではなく、必ず、過去にしかありません。人によっても評価はそれぞれ違います。そして、頑張って頑張って結果を出しても、次の瞬間には未来のもっと良いといわれる結果に向かって歩むのが他人軸での生き方です。これは、麻薬のように中毒作用があるのです。

どちらも努力は必要です。しかし、向かっているところが全く正反対なのはわかりますよね。そして自分軸も他人軸も必要なんです。どちらか一方でもいけない。

自然の中の花や鳥たちは、存在するだけで美しい。夏のひまわりは元気よく咲いているし、秋のコスモスは可憐に風に揺られて堂々と立っています。川にいる鳥たちもカモが「私もサギみたいに足が長くなりたい」などと思ってはいないはずです。(あれ?そんなお話ありましたかね^^;)だから、人も同じで、自分を生き切ること、その存在自体が、すでにもう美しい、のだと。

だから、堂々と自分を生きていく。

視点を変えなくては真実は見えない

これからの世の中は今までとは全く違った価値観となるでしょう。
そう、もはやハウツーで生きていくことはできなくなる。
不安定、不確定、複雑、不明確と言われる時代だからこそ
翻弄されないよう、しっかりと自分を見つめ直したい。

自分はいくら探しても見つかるはずはありません。

見つけるための目を変えなくては真実は見えないのです。(つづく)