なぜ、今まで、わたしたちは「基本の暮らし方」を考えなかったのか?

「多治見の家」築50年の古民家をリノベーション。オリジナル造作キッチンは極めてシンプルなつくりに。材料はできるだけ自然素材で。

ようやく世の中が動き始めたような感じを受けておりますが、みなさまいかがお過ごしでしょうか?

私くしも定期的におこなっていたセミナー、お茶会など、ライブでの催しを小さくはじめました。そこで、久しぶりにいつも図面作成をお手伝いしてくれているTさんに連絡したところ、お返事にとても素敵なメッセージをいただきましたので少しご紹介したいと思います。

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ほんとに、働き方を考えさせられました。

緊急事態宣言が発令された時は、家でジッとしてなくてはいけない雰囲気でしたが、なかなか終息する気配もなく、これが何年も続いたら、生活が成り立たないぞと思い始めました。

お金があれば、物があれば豊かだという価値観ではなく、家、住む人の心、持ち物、人との繋がり、色んな事での豊かさを真剣に、そして楽しく考えていかないとと思いました。

そこに、働き方、人との関わり方、遊び方など、基本の暮らし方を疎かにしていたことに気付かされた2ヶ月でした。
そして、それを考えるのが、私は好きなんだよなぁと改めて思いました。

—————–抜粋ここまで———————-

基本の暮らし方、真剣に考えたことありますか?


以前の記事にも書きましたが、結婚して長男が生まれ、産休・育休明けに復職して2年経ったころ、29歳の時に、家族が順に病気になり、夫と真剣に考え、働き方、生き方、人との付き合い、食べ物なども含む細かなところまでの「基本の暮らし方」について真剣に考え、都内から自然と文化の豊かな湘南へ引っ越すなどの行動を起こしはじめました。

「基本の暮らし方」をはじめてから、家族との絆が強まり、夫婦で協働する大好きな仕事、自分のライフワークまでもが充実するなどの世間では持続するのが難しいといわれているライフスタイルへと180°変わりました。(夫婦で24時間365日共に働くのを続けられるのはとても珍しいようです^^;)

そして今、このように世の中全体で大変な時期ですが、いえ、大変な時期だからこそ考えたいのが「基本の暮らし方」ではないかと思うのです。

「基本の暮らし方」って?

□自分にとって最も必要な人は誰か?

□自分にとって最も必要なモノは何か?

これを常に考えていくことです。
日常は選択肢だらけです。その場その場での感情に左右されたりまわりを気にした場当たり的な処置ではなく、心の底から真剣に選ぶことです。

さらに、 「最も」というのがとても大切

フランスなどの欧州では当たり前の習慣であるビズやハグ、ビジネスでの握手などが日常の地域では特に、「本当に大切な人」(=リスクを犯してもビズやハグをする)を真剣に考えるようになったといいます。

リスクを犯しても必要な人は誰か?

日本人はこのような密に挨拶をする習慣はありませんが、お付き合いする上で、どうしても会いたい人、よく考えたら会わなくてもよかった人、会わなくてほっとしている人(笑)など、何となくでも優先順位がはっきりした方が多いのでは、と思います。

では、なぜ、「最」もなのか?

それは、他に選択肢が無い、ということです。
それを「シンプル」または「基本」といいます。
選択肢が無い、快適さとは「迷い」がないことです。
「迷い」は時間どろぼう、そして、エネルギーどろぼうです。

ただでさえ慌ただしく毎日を送らなくてはいけない現代人にとって「迷い」のない「基本の暮らし方」がわかっていたらとても軽やかに生きていけると思いませんか?

何でいままでこんなことにこだわっていたのだろうか?
不要な習慣ではないか?

ステイホームにて、そう気づいてしまった方、おめでとうございます!

「迷い」のないシンプルライフへようこそ。